「靖国で、また会おう」
そう友に告げて、死地に向かった者も多かったろう。
私は、戦没者を追悼・慰霊することは、きわめて自然なことであり、大切なことだと思います。
ただ、今回の小泉総理の私情に発した靖国神社参拝問題については、国事多端の折、諸外国とのトラブルを増やし、その修復に多くの労力を費やすという愚を避けるようにしたほうが賢明ではないでしょうか。公式参拝というかたちをとらないからといって、戦没者への哀悼の誠がないということにはならないのではないか。諸外国の圧力に屈した屈しないという角度から見るのでなく、現下の諸情勢を総合判断し、何が、国益に適うかという立場に身をおくべきと思います。
それに、ためらいがちに、おずおずと参拝される英霊たちの気持ちを察してみようではありませんか。
私は、戦没者の追悼・慰霊を政争の具とさせることなく、憲法上の疑義を生じさせない方途をこそさぐるべきではないかと思います。
靖国神社は、明治2年、明治維新の戦火に斃れた人々を祀るため東京招魂社として創建されました。その後、明治12年に別格官幣社に列せられ、陸・海軍の管理の下に、国民の崇敬を集めてきました。靖国神社には現在、明治維新前後の戦争、日露戦争以後の戦争などで戦死・殉職した軍人・軍属・従軍看護婦、民間人など国難に殉じた250万柱が祭神として祀られています。その中には、明治維新の志士や、沖縄の疎開学童死没者(対馬丸遭難)なども含まれています。
靖国神社については、日本遺族会などの強い要求を受けて、靖国神社の国家護持を目的とした靖国神社法案が提出されたことがありました。しかし、この法案は、法律をもって神社の宗教性を奪うような性格を持つもので、信教の自由への国家の干渉になりかねないものでした。
靖国神社法案は廃案となりましたが、その後問題になってきたのは、靖国神社への閣僚の公式参拝を実現しようとする動きです。昭和60年8月15日には、内閣官房長官の私的諮問機関である「閣僚の靖国神社参拝問題に関する懇談会」の報告書を受けて、中曽根総理ほか閣僚が靖国神社への公式参拝を行ないました。しかし、その後、靖国神社には東京裁判のいわゆる「A級戦犯」が合祀されていることなどを理由として、近隣諸国から非難されるや、政府は公式参拝を取り止めてしまいました。
私は、憲法の定める政教分離原則に立って、国民に納得のいく形で戦没者の追悼・慰霊を行なうべきだと考えます。
8月15日を「戦没者顕彰・平和祈念日」として、休日とし、その「平和祈念日」には、国並びに地方において戦没者の追悼とともに二度と戦争をしないという誓いを新たにする平和式典を盛大に行なうようにしてはどうでしょうか。
また、原爆や空襲などで命を落とされた民間の方たちをも合わせて慰霊できるようにしてはどうでしょうか。そのため、靖国神社とは別に、慰霊塔・碑もしくは廟を建立し、国民こぞって戦没者慰霊ができる体制を確立すべきと考えます。
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