川ばた達夫
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川ばたのスピーチ  
2008/7/29
東京パーテイ 川端議員挨拶 ページ1
東京パーテイ 川端議員挨拶 ページ2
2007/10/2
東京パーテイ 川端議員挨拶 ページ1
東京パーテイ 川端議員挨拶 ページ2
2006/10/3
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2005/9/20
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2004/10/19
東京パーティ 川端議員挨拶記録ページ1
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2003/9/27
滋賀1区・3区パーティ 川端挨拶記録
2003/9/9
東京パーテイ 川端議員挨拶 ページ1
東京パーテイ 川端議員挨拶 ページ2
 私は、昭和20年1月という戦争が終わる直前の大変な混乱期の中で生まれました。祖母や父母から言われて育てられたことは、「真面目にがんばりや!正直にせなあかんで!嘘ついたら誰も知らん思てるけどおてんとさんがちゃんと見てるぞ!罰が当たるぞ!」と言われました。真面目に努力する。正直に暮らす。そうしていけば、日々の暮らしは小さいながらも安定していくんだ。そして将来へ希望が灯っていくんだ。そう言われて育ってきました。


 今、親が子供に向かって、「もっとちゃんと勉強せーよ」「真面目に仕事しろよ」「せめて働きに行きぐらいしろよ」と言ったら、何て言われるんだろう。お母さんがでてきて、「しっかり勉強しいや」と口を酸っぱく言っても、「そんなこと言うてもな、親父を見てみい!風邪引いても会社も休まずに真面目に真面目に行って、リストラにあうか、倒産して失業しているやないか」「また真面目に真面目にハローワークに毎日毎日行っても何も仕事ないやないか」「真面目にしてもろくな事ないぞ」「そんなことよりも、ずるして、要領よく楽して、捕まらんようにせんとあかんけど、だましてでも、蹴飛ばして踏みつけてでも、儲けた方がええやろ」「ホリエモンや村上ファンドは素晴らしい」と、子供に言われた時に、「それは違うぞ」と言う自信をほとんどなくしてしまった世の中ではないのか。自分だけ良かったらいい、お金だけ手に入ればいい、プロセスは問わない。そういう人の事なんてどうでも良い、恐るべき拝金主義と自己中心主義の蔓延が今の世の中だ。誰がこんな世の中にしたのか。何が間違ったのか。私も自分の子供を育ててきたと言う世代としては、色々反省しなければいけない。私はこれからの日本が、本当に美しい国であるためにはこれではいけない。何が間違ったのか、どうしなければいけないのか。先程ありましたが、理科系(の人間)ですので、現状がどうなっているのか、何が問題なのか、その原因は何なのか、立てるべき目標は何なのか、それをクリアするにはどの問題点をどういうふうにクリアしていくのか、ということをしっかりやらなければいけない。


 安倍政権が誕生した。どう思っていられるんだろう。本を読んでも、聞いてもよく分からなかったのですが。。。1つだけ言えることは、現状を認識しておられないのではないか。再チャレンジ、再チャレンジとおっしゃる。再チャレンジは大事なことです。しかし、それは自分なりに一生懸命やっても、失敗した人に使う言葉です。失敗し、反省してみると、「あ!ここがまずかった」「これはもっとこうやるべきだった」と、その時に失敗したから二度とチャンスがないというのは良くない。再チャレンジしなさいよと、ホリエモンや村上ファンドに言う言葉であっても、真面目に頑張って、胸に手を当てても、何の反省することもない。ずるもしていない、さぼってもいない、努力してきた人に、負担を増やし、犠牲を強い、痛みを押しつけて、崖から突き落としといて、上から、再チャレンジしろと言われる筋合いはないのではないか。私は今のこの国が抱えている問題、みんなが悲鳴を上げ、足下が崩れているこの状態をしっかり認識しないで、どうして美しい国ができるんだろうと、率直に思いました。個々の政策は色々あります。しかし、本当にこの国今大変なことになっている。必死の努力をみなしているのに足下が崩れ、明かりが見えない。このことをまともにしなければこの国は成り立たない。そんな思いで、今、日々何ができるのか、何をやるべきかと思っています。


 副代表という大役を仰せつかりました。いろんな世界で副というのはたいしたことはないという人がいました。ばかにしてはいけない。「副代表、フクを脱いだら代表だ」と、昔、先輩に言われたことを思いだしました。ここらへんまでは関西のノリで許してもらえるだろうと思います。実は、クエスチョンタイムは、国家基本対策委員会(がするのですが)、それの民主党の筆頭理事を、自民党と折衝して、いつこの会議をセットするのかという舞台回しをする責任者の仕事を、拝命しました。今、鳩山幹事長のお話を聞いていると、相当な思い入れと開催頻度を強く要求されているのをひしひしと感じまして、えらいことになったと思っています。舞台回しはしますが、党首討論は党首しかしませんので、後ろに座っているだけです。しっかりとそういうことを含めてやりたいと思います。


 民主党に集う仲間は、この国を本当にちゃんとせなあかんという思いで一杯であります。私も20年間、政権交代をしなければ、政権を争う二大政党がなければ、政治に緊張感はないし、国民が主権者として選択する、そういう政治を是非とも実現しなければこの国に未来はない。そんな思いで行動してきました。振り返れば、民社党でスタートし、新進党に合流し、そして当時村山総理大臣のもとで社会党の諸君が自分ところの人が総理大臣になっているのだけれどもこれはおかしいという人がたくさんいた。この人達を糾合するために新たな受け皿を作ろうということで、新進党を離党し、新しい政党を作ろうとしたが、阪神淡路大震災でぶっ飛ばされました。そして無所属に。また新進党に復党(したが)、新進党解党に伴って、新党友愛に。そして民主党の結成と(なりました)。その当時、政界再編で流行った川柳に「俺は今何党かと秘書に聞き」「先生は何党ですかと秘書が聞き」というのがありました。そういった色々な激動のことを経験してきました。しかし、やっと民主党というかたちで、小沢代表のもとで堂々と、「皆さん、民主党に政治を任していただければ、こういう世の中が作れます。応援してください」という体制が整ってきたと思います。そういう意味で、先程来話しのあります衆議院議員補選、統一地方自治体選挙、参議院議員選挙に向け、選挙でしっかり勝てるように、私も党の一員として、議員の一人として頑張ってまいりたいと思います。


 終わりになりますが、今日まで本当にお支えいただいた皆さんに心から厚くお礼申しあげるとともに、皆さんの期待を、また大きく期待をしていただくようですので、しっかり受け止めて、私も全力で頑張ります。昨年の今頃、小選挙区で負けて本当に悔しい思いをし、今もそう思っています。今度はしっかりと地域の皆さんに代表として行けということも含め、頑張っていきたいと思いますので、引き続きのご支援を申しあげ、雑駁ではありますが、この辺で決意の言葉に代えさせていただきます。今日は誠にありがとうございます。

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