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2003年9月9日
東京パーティ 川端挨拶

 タイガースが優勝したのが1985年、18年前、私が初めてこの世界に送り出していただいたのが、翌年の1986年、17年前のことです。最近では万年最下位と言われていたタイガースでさえ、18年も立てば生まれ変わって優勝できる。そう言う意味では、今年は、私達が長年の夢であった政権を手にするということが、もっと実現性の高いことでは、と、そんな思いをいたしました。
 17年といいますと、イギリスの労働党、ブレア政権がいま続いていますが、労働党が政権に復帰するのに17年かかりました。
 私は、この17年間の政治の中で、日本の政治を、というよりも日本の国を本当にまともにするには、政治の構造が、政権交代可能な状況で、政党が競い、それを、政権を世の中の人が選ぶという状況でなければ、政治が機能しない。その一点で、ずっと行動してまいりました。
 民社党という政党は、私はいまでも政策は素晴らしい政党だと思っております。しかし、いかんせん数が少なすぎた。そこからスタートをして、いろんなことがありました。10年前には、ついに念願がかなった細川政権で、喜びを分かち合ったつもりでしたけれども、上手くいかなかった。
 7年前に、今度ご一緒になる小沢、当時新進党党首が、「イギリスに行く。川端君、ついてこい」ということで、一緒に連れて行っていただきました。そして、当時の労働党、野党・労働党党首トニー・ブレア氏と小沢一郎さんの会談が行われました。陪席をさせて、いただきました。その時に、小沢さんが、「もうすぐ行われる総選挙で、ブレアさん、あなたは総理に間違いないと言われている。いま、何をやっているのか、いや、まずおめでとう。いま、何をやっているんだ」ということを問われましたときに、ブレアさんが、「いま、政権公約、いわゆるマニフェストを作っている。国民への、政権をとった時の約束事である。契約書を作っている。保守党のメージャー首相も書いているはず。2冊の契約書が国民に渡される。どちらと契約したら、いいことをやってくれるかなと、納得できるかという選挙をやる。契約をするのであるから、出来もしないことは書いてはいけない。書いたことは必ずやらなければいけない。契約だから、もちろん、時期と数字と手段を明記して、具体的に書かなければいけない。」
 そして、もう一つ言われました。「国民生活に重要なもの、重大な影響を与える課題で、書いてないことをやってはいけない。状況の変化、情勢の変化で、どうしてもそういう事態が生じたときには、信を問う。改めて契約書に書いてないことをやることは、信を問わなければいけない」と、当時のブレアさんは言いました。
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