「靖国で、また会おう」そう友に告げて、死地に向かわれた方も多かったことでしょう。
私は、戦没者を追悼・慰霊することは、きわめて自然なことであり、大切なことだと思います。
ただ、小泉総理は、このような大騒ぎになることは事前に予測されていたにも拘らず、いかなる反対があろうとも断固八月十五日に参拝すると繰り返し公言し、突然八月十三日に前倒し参拝しました。今回の問題は、総理の言動の軽率さと無責任さをはからずも露呈すると共に、深刻な景気の悪化など国事多端な折、起こさなくて良い諸外国とのトラブルを増やし、その修復に多くの労力を費やすという愚を犯し、国益を損ねた行動といわざるを得ません。
参拝の時期や形式で、戦没者への哀悼の誠がないということにはならないのではないでしょうか。諸外国の圧力に屈した屈しないという角度から見るのではなく、現下の諸情勢を総合判断し、何が、国益に適うかという立場にこそ身をおくべきと思います。ためらいがちに、おずおずと参拝される英霊たちの気持を察してみようではありませんか。
靖国神社は、明治二年、戊辰戦争に斃れた人々を祀るため東京招魂社として創建されました。その後、明治十二年に別格官幣社に列せられ、陸・海軍の管理の下におかれました。現在、明治維新前後の戦争、日清、日露の戦争、それ以後の戦争などで戦死・殉職した軍人・軍属・従軍看護婦、民間人など国難に殉じた二五〇万柱が祭神として祀られています。
靖国神社についてはこれまで、国家護持を目的とした靖国神社法案が出され、法律をもって神社の宗教性を奪い、信教の自由への国家の干渉になりかねないことから廃案になった経緯や、A級戦犯が合祀されていることから、閣僚の公式参拝をめぐって、近隣諸国も加わっての論争が繰り返されてきました。
私は、戦没者の追悼・慰霊を政争の具とさせることなく、憲法の定める政教分離原則に立って、国民に納得のいく形で戦没者の追悼・慰霊を行なうべきだと考えます。
八月十五日を「戦没者顕彰・平和祈念日」として、休日とし、平和式典を盛大にやってはどうでしょうか。また、原爆や空襲などで命を落とされた方もあわせて慰霊できる慰霊塔または廟を建立し、国民こぞって戦没者慰霊ができる体制を確立すべきと考えます。
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