デパートのエスカレーターを降りたところで声をかけられた。高校以来の友人、夏原平和君(平和堂社長)である。「川端君、今聞いていたけど、あんな演説だれも聞かんぞ。特に買い物に来ている女性は全く関心持たないよ、話し方も中身も。職場や組合の集会やないんやから」。いきなり超辛口である。
昭和六十一年六月、国会が解散された直後の土曜日、ちょうど一週間前に立候補を決めた私は、生まれて初めて街頭演説を大津市のデパート前で行い、その足で選挙中に着用する、若さを強調した金ボタンの紺ブレザーとグレーのパンツを買うべくそのデバートに行ったときの話である。スーパーとデパートが激しい競争をげている中、彼は仕事の合間を縫って「敵方」の店を見学に来たのだった。
「原点は現場から、そしてお客様の気持ちと目線を一時も忘れずに」、当たり前のことでありながらついなおざりになることを日々身にしみて実践している彼ならではのアドパイスであった。あれから十四年、琵琶湖の鮎は湖をでると大きく立派に育つと言われるように彼も県内から近畿、北陸、そして中国大陸へと事業拡大し大活躍である。
彼の成長にこちらが追いつかず、相変わらず批評が辛口なのは的を射ているだけに悔しいが有難い。こんな気の置けない仲間が時々集まる。場所は幼なじみの中村優美女将の京都二年坂「なかむら」。段取りは安江勝登君(光陽社)と弁護士の辻武司君。おばん莱を前に、なにより話がごちそう。甘、辛、渋、苦、酸、何でもあり。これほど人生と健康に役に立つ時はない。
(かわばた・たつお=衆院議員) |